道端のノート。

僕の好きな詩を少しづつ載せてみたり、自分の詩を載せてみたり、
唯のくたびれたノートの1ページです。



2010/06/29

眼にて云う


だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いているですからな
ゆうべから眠らず血も出つづけるもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にそうです
けれどもなんといい風でしょう
もう清明(春)が近いので
あんなに青空からもりあがって湧くように
きれいな風が来るですな
もみじの若芽と毛のような花に
秋草のような波をたて
焼痕のある藺草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは判りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手当もしていただけば
これで死んでもまずは文句もありません
血がでているにかかわらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだを離れたのですかな
ただどうも血のために
それを言えないがひどいです
あなたの方から見たらずいぶん
さんたんたる景色でしょうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青空と
すきとおった風ばかりです



         宮沢賢治

2010/06/28

狂った気候(Crazy weather)


ここまでずっとこのような狂った気候だった。
ぼくらはある瞬間は前のめりになり、
次の瞬間ぼうぼうの草と名もない柔らかな
白い花のうえに倒れ伏したりした。
ひとびとはこの気候から衣装をつくってきた。
無名の十字路で、リラの白と稲妻を
縫い合わせてできたのだ。空は呼びかけるが、
大地は耳を籍さない。ただ君は立ち上がるとき
この悪評の朝の無秩序は収まる。きみは
テキストを身にまとう。詩行が
きみの靴ひもにまで垂れる。ぼくが求め、
必要としている文学はまさにこの泥の詩だ。
かつて詩が当時の森と耕地を気楽に
通り抜けて、単純な、無意識の威厳を
持っていたころの野心の記憶だ。
でもいまは望んでも及ばず、だれももう
立ち入ろうとしない峡谷の片隅でだけ、
珍奇な、退屈な最近の標本が
ときどき新芽を吹いたりしているらしい。




     ジョン・アシュベリ(Jhon Ashbery)

2010/06/27

覆われるものの為の覆い(The container for the thing contained)



男は、女のブラウスの奥になにを捜しているのだろう。
男は、この7年女のからだのそばにいながら
いまなお女のすらりとした脚の曲線に
驚いている。いまなお女の背骨を
念入りに熱心になぞっていって、
骨盤帯に辿りつくとその骨を探っている。
上体を前後に動かして眺めると、
女の肌は光陽に輝いたり翳ったりする。
晩年の版画で、
グロテスクな画家として描かれているピカソは、
ベットで股をひろげている若いスペイン女を
じっと見つめている。女の脇には黒服を着た
付き添いの老女がいる。ピカソは六十年毎日
はだかを見てきていながら、いまなお
そこになにを見つけようというのだろう。
それでもなおピカソはその遠い、
遠い光の断続に近づく事が嬉しかったのだ。
それはごく身近に思われながら、
実はそうではない、二階の奥の部屋で
そっと弾かれるピアノの曲に似ている。




     ジャック・ギルバート(Jack Gilbert)  

2010/06/23

16:33



16:33分に合わせたアラームがなり

俺はにわかにまぶたを開ける。

アルコォルをしょいこんで

ベッドに倒れ そこから続いた

浅くてチープな眠り。

もはや眠気を払いのける事はたやすく

俺はカーテンの外の静かな

夕方を覗き込んでいた。

向かいのマンションの公団白色と

切なく削がれたまだ青い空が

俺のこころに充ちるまで

大して時間はかからなかった。



    






cic

2010/06/20

瀞(a pool)


魂のかたちなど問いはしない
血に対して熱いとか冷たいとか
そういうものは基本的に
無いと思うしそれでも
生温いのが一番気に食わない。

連れが死んだ日
俺は生理中の女とセックスした
夜に携帯が鳴って その男の
死を知った  プールの排水溝に
最後の水の群が流れ落ちる感じだった
不謹慎だとはわかっていたから今まで
この事は誰にも喋らなかった
ただ、誰も悲しまなかったし不幸にも
ならなかった。  
その男の死を血まみれにした訳じゃ無い。

事故で死んだ子供の対の靴が
俺を追っかけてくる、という夢を見た。
俺は逃げもせず 道路の真ん中に
立ち尽くし、対の靴と対面した。
対の靴は俺のもっとも近い所で足踏みし、
俺を蹴っ飛ばす事は無かった。

たった今 向かいのマンションでは小型犬が
ケン、ケンと吠えたてている。
仕事に行きたくない俺は それが自分に対する
叱咤の様に思えてイライラする。
1日6時間の睡眠を要し、メシを
食わねば死んでしまい、その他倫理や欲や
義や愛なんぞにはさまれて倒れる事すら
出来ないこの体を   今日この
日付が変わるまでは
うっとうしいと思ってやろう。



         ロイ・ラプターズ(Roy Raptors)

2010/06/18

内部(The inner part)

アメリカ人が戦争に勝ち、
しかも歴史上はじめて
世界でもっとも重要な国民となったとき

指導的な市民がもはやシャツ姿では生活しなくなり、
そしてその妻たちが人前でボリボリと掻くのをやめ、
ちょうど彼らが「くそっ!」と言うのをやめたとき

娘たちがフィッシング用の
さおの先のように繊細になり、
そして息子たちがV8エンジンのように快適になったとき

鳥の内蔵を調べていた神官たちは、
心臓が違った位置にあり、種は死のように黒く
異臭を放っているのに気づいた。




        ルイス・シンプソン(Louis Sinpson)

2010/06/17

どうして僕たちが・・・


どうして僕たちが僕たちだけであり得ず
どうして僕たちは互いにいつも
血をまじえ
感情を交わし合うのか どうして人は
他人と笑い 他人と共に泣くのだろう

僕たちがちりぢりになったあと
僕たちを互いに結びつけるために
とり残された細い糸よ
僕たちを独りぼっちにしておかないための
微笑と 接吻と 涙と




      フワン・ラモン・ヒメネス

2010/06/09

肉と霊について(Of flesh and spirit)

私は二十三の歳まで処女だった。
その後はいつでも、こっそり複数の恋人がいた。

中国ではポルノ・ビデオを見ただけで死刑になるが、どのデパートにも
コンドームとピルを、ただでみんなにくれる。法律で義務づけられているのだ。

母が手作りの最初のブラを差し出したとき、私は恥ずかしさのあまり
大声を出して外に逃げ出した。母は自分で使うには小さすぎたので、
そのブラをずたずたに切り裂いた。

八百年の間、女の纏足は中国の男たちにとって最も美しい欲情の対象だった。
三インチの「黄金の蓮」に比べれば、おっぱいや尻などどうでもいいものだった。
頭がおかしいか鼻に問題があったに違いない。昼も夜も何重にも
布を巻かれたままの私の祖母の足は、魚の腐った臭いがした。

けつの穴は、中国語では「屁の目」と言う。

中国では、二十五で独り身の女は両親を悩ます。二十八で独り身の女は
友人と同僚を悩ます。三十で独り身の女は上司を悩ます。三十五で
独り身の女は憐れまれ、変態とみなされる。

一番こたえる悪口を浴びせる時は、「てめえのお袋をファックしちまえ」、
「てめえの婆さんをファックしちまえ」、「十八代前の曾婆さんを
 ファックしちまえ」と言う。

ある日、父が母に、うちの雄鶏はもう跳び上がれるかと聞いた。
雌と番えるか、という意味だった。私は母が答える前に口をはさんだ、
「だいじょうぶよ。鶏小屋の屋根の上に跳び上がるのを見たわ」と。
私は十歳だった。

女たちは月のものを「例のつきもの」と呼び、科学の本は「月経」と呼ぶ。
洗練された人達は「月の光がどぶにあふれている」と言う。

最初の男は、私の処女を奪った後、私とアメリカで結婚すると誓った。
男には子供が二人と、無学な妻がいたが、警察に離婚を請求する
勇気はなかった。男は私を、北京ホテルに滞在中のアメリカ系中国人の
いとこに会わせ、男がアメリカに行くための保証人になってくれと頼んだ。
しかし、そのいとこは私の保証人になった。それで私が今ここに
いるのであり、男は妻の元に戻る事になった。
多分まだ私のことを呪っているだろう。

中国の百姓は、妻の事を「うちのやつ」と呼ぶ。中国のインテリは、
妻や妾を「黄金の家の人形」と呼ぶ。社会主義のもとでは、
夫と妻は「愛人」と呼び合う。

祖母が飽きもせずしょっちゅうしていた話があった。
好色な男の話で、その男はその好色ゆえに罰せられ、
額にペニスをぶら下げて町中を歩かされたという。

われわれは「恋に落ちる」とは言わず、「恋を語る」と言う。

家を出る時、父が私に言った。  二十五になる前に恋を語るなと。
私は耳をかさなかった。まあ、私の最初の男は妻のある臆病者だったし、
私の最初の結婚は一週間しか続かなかったけど。
夫は私と寝ただけで、それ以来私は一度も会っていない。




           ワン・ピン(Wang Ping)

2010/06/06

俺はある男を知っている(I know a man)


おれはダチにこう言ったんだ。
なんせ、おれはいつもしゃべりっぱなしだからな。
「なあジョン」
とおれは言った。
まあ、それはやつの名前じゃなかったけどな。
「真っ暗になっちまったぜ。こうなるとどうにもならねえや。
 いっそ馬鹿でっけえ車でも買っちまおうか。
 ええ、どう思うよ?」
「おい頼むから」
と奴は言った。
「ちゃんと前向いて運転してくれよ。」




        ロバート・クリーリー(Robert Creeley)      

2010/06/01

猟犬とウサギに関する小さな詩(Small Poem about the Hounds and the Hares)


狩猟のあと酒宴がある。
宴が終わりに近づき、舞踏も静まり、
若者たちがどこかへこっそり消えたあと、
ウサギの血に酔った猟犬たちが語り始める。
ウサギの毛皮がどんなに柔らかだったか、
ウサギの跳躍がどんなに優雅だったか、
怯えたやさしい眼がどんなに愛らしかったか。



          リーゼル・ミュラー(Lisel Mueller)