道端のノート。

僕の好きな詩を少しづつ載せてみたり、自分の詩を載せてみたり、
唯のくたびれたノートの1ページです。



2011/10/31

アホウドリ

船乗りしばしば慰みごとに、

生け捕るよ、大きな海鳥、アホウドリを。
     
こいつは海路の呑気な相棒、
 
深い淵の上をすべりゆく船につきまとう。……



こいつもひとたび甲板に降りれば、

青空の王者だったのが、ヘマで、ノロマで。

白い大きな翼をダラリと垂らして、

オールのように、左右にひきずる。


           
翼ある旅人、それが何と不様で愚図なこと!
                
さっきまで美しかったのが、醜く、滑稽で!
 
煙管の端で嘴を突っつかれたり、

跛の動作で不具の真似をされたりして!



詩人は似ている。この雲上の王子に。──
  
荒天を往来し、射手を嘲りはするものの、
        
地上に追われて、罵声に囲まれれば、

巨大な翼も、歩く邪魔になるばかり。




       シャルル・ボードレール

2011/10/12

風がおもてで呼んでいる

風がおもてで呼んでいる
「さあ起きて
 赤いシャツと
 いつものぼろぼろの外套を着て
 早くおもてへ出て来るんだ」と
風が交々叫んでいる
「おれたちはみな
 おまえの出るのを迎えるために
 おまえのすきなみぞれの粒を
 横ぞっぽうに飛ばしている
 おまえも早く飛びだして来て
 あすこの角ある岩の上
 葉のない黒い林のなかで
 うつくしいソプラノをもった
 おれたちのなかのひとりと
 約束通り結婚しろ」と
繰り返し繰り返し
風がおもてで叫んでいる



      宮沢 賢治

2011/09/22

昔話

そんなに遠い昔の事では無く
たった百年足らず前のこと
おたばこ盆に髪を結った女の子がいて
なずなやたんぽぽの咲いている田舎道を
新しくできた学校へ
新家(しんや)の兄ちゃんのあとから 子犬のようについていった。
兄ちゃんは女の子の手をひいてくれ
教室ではとなりの席へ座らせた
女の子はちょこなんと腰かけて
兄ちゃんの顔を見、先生の顔を見、
そして兄ちゃんと同じに字も書いた
毎日兄ちゃんについて行ったので
幼いながら入学を認められ
そしておしまいに卒業証書も貰ったのだ

 その時明治はまだ二十年代
 国会も教育勅語もできたばかり
 日清・日露もまだはじまらず

女の子はやがて娘になり 私の母になった
兄ちゃんも 私の父になった
筒井筒と申しましょうか
つまりはやがて結ばれて私が生まれたのです
長くかかって けれどしずかに
蝶が羽化するように私が生まれたのです

 明治はまだ四十年代のこと
 小さな紅いリボンをむすんで
 私は幼稚園へも通ったのです

でもあの春の日の田んぼ道から
長くつづいたその道行きのこと
母は私に秘めてついに語らなかった
年頃の娘に話すにはあまりにたのしすぎたのか
話すことがむつかしすぎたのか
 
 その頃はたのしい事はみな厳禁
 大正といっても内面は封建
 私はそこでぎっちり育てられました

ただ年へて母は孫にだけは話したので
彼が青年になった時、逆に私に伝えたのです
それは長い昭和の戦争もすみ
母もいなくなってからのことです
幼い彼は病身だったので 戦争のあいだ
早くおばあちゃんのいる岡山へ疎開したのでした。
母がおばあちゃん子の彼に昔の思い出を語ったのは
戦後の心のゆるやかさか 母の老いの傾きか
自分をまるで昔話の中の人のように
なずなもたんぽぽも絵本の中のもののように・・・

若い私は決して思いもしなかった
彼らははじめから「親」であり
清潔だがカタブツの「親らしい」しろもの
いまやっとおたばこ盆が見えてきて
長い人間のあたたかい鎖を思うのです

 おのずとみえて来たのは人間のいとしさ
 昭和の戦争すんでやっと今は自由とやら
 人間の顔ようやくみつめだせたのか母も私も

そんなに遠い昔の事ではなく
ただ百年足らず前の小さな小さな小さなお話



               永瀬 清子

※おたばこ盆=幼い女の子の髪型。まわりを下げ中央で丸くまとめて紅い裂れをかける。
               

2011/04/22

まっくら森

光の中で みえないものが
やみの中に うかんでみえる
まっくら森の やみの中では
きのうは あした
まっくら クライ クライ

さかなは空に 小鳥は水に
タマゴがはねて 鏡が歌う
まっくら森は 不思議なところ
朝から ずっと
まっくら クライ クライ

耳をすませば 何もきこえず
時計をみれば さかさま回り
まっくら森は こころの迷路
早いは 遅い
まっくら クライ クライ

どこにあるか みんな知ってる
どこにあるか 誰も知らない
まっくら森は 動きつづける
近くて遠い
まっくら クライ クライ

近くて遠い
まっくら クライ クライ

近くて遠い
まっくら クライ クライ

        
       

        谷山浩子

2011/04/12

贅沢な話

桜の花びらを陽気にさせる 
なんとも生暖かい風が
例外なく僕の細胞のすきま 奥深くまで入ってくる

体は覚えている この感覚
目の奥や足の裏にはもう 冬は少しこびりついているだけ

僕はこのありあまる喜びの隙間をぬけ
まだ冬の香りのする服やノートやチョコレートなんかを
身に余る大きなバッグにつめ
空を仰ぎ背伸びする人達のあいまをぬって
今 間もなく旅に出る、春を踏み台にして。

すべての僕の
飲みかけの酒、脱ぎっぱなしのズボン、
散らかした玩具、途切れないつたない会話は
そのままにしておいてほしい。

贅沢な話だが、いつでもそれをたよりに帰ってきたいんだ。




       松林 千早

2011/04/05

好き

シナモンを噛むのが好き
冷たくない いやむしろ熱い
熱帯の森に棲む獣のようで好き

ラムの雫を噛むのが好き
甘くはない いやむしろ苦い
香りが舌を裏切って好き
だから歪な君が好き

なんて悪戯な手だろう 君は
こんな私を掻き乱して
タイダイの両腕が君をねだっている
なんて悪戯な目だろう 君は
こんな日々じゃ迷子になってしまう
朝も昼も夜もいつでもさらわれていく

雨音が強くなるのが好き
暗くはない いやむしろ明るい
夏の足音みたいでいい
君の足音みたいで好き

なんて意地悪な声だ 君は
昨日より欲張りになってしまう
私は不埒な言葉をこぼしそう
なんて意地悪な夜だ 今夜
明日のその先まで知りたくなる
朝も昼も夜でも君はその気にさせる




      田村キョウコ・砂田和俊

2011/04/03

僕の名前は。

僕の名前は道化です

やってられないことばかりです

耳元まで引いた口紅で笑っているように見えるでしょう

目元にかいた涙の化粧だけがあなたに対するメッセージです

僕の名前は道化です

なぜなら、

心に重しをつけてとても深い海に沈めてしまったからです

だから僕は笑いましょう

だから僕は泣きましょう

顔にかかれたお化粧どうりに

生きてゆく他無い道化です故。



        作者不明

2011/03/27

風の郵便屋さん

チョコレートを飲んで元気が出たら
散歩に出かけましょう
ノートと鉛筆を忘れないように
なぜって 小学生の時に初めて書いた
そんな なつかしい手紙を彼に書くためよ

風の郵便屋さん!
風速40mの速達で頼むわ



     
        三木ふみ子

2011/03/17

地震のダボへ

おい、地震のダボ
耳の穴ほじくって
よう聞けよ
ワシら阪神間の人間はなあ
みんなこう思とんや
地震のダボなんかに
負けてたまるかじゃ
しばきかえしたるってな
きっちりしばきかえしたるでって思とんや
ワシとこのオヤジかってそう思とる
ワシとこのお母んかってそう思とる
もうちゃんかってそう思とる
比早子かってそう思とる
聡かってそう思とる
地震で天国行った夙川のばあちゃんかって
そう思とる
地震で天国行った深江のおおきい叔母ちゃんかって
そう思とる
六甲アイランドの店こわれた今津君かって
そう思とる
芦屋のマッシーかってそう思とる
赤塚かってそう思とる
ダンロップのビルかってそう思とる
いとこのマリかってそう思とる
こわれたオヤジの店かってそう思とる
お母んの友達の淡路島のおばちゃんかって
そう思とる
春日野道の須々木さんかってそう思とる
井上とこのスポーツ店かってそう思とる
ポーアイの勇ちゃんかってそう思とる
長田のタケヤンかってそう思とる
いとこのコージかってそう思とる
地震のダボなんかに
負けてたまるかじゃ
ワシらはなあ
ワシら阪神間の人間はなあ
地震なんかで
負けたりせえへんのじゃ
まぁ見とれや
根性のちがい 見したらあ


       
      三代目魚武 濱田成夫

2011/03/10

ちょっと一言(Thisis just to say)

冷蔵庫に
入っていた
すもも
たぶん君が

朝食の
ために
とって置いたのを
失敬した

ごめん
うまかった
実に甘くて
冷たくて



    ウィリアム・カーロス・ウィリアムス(William Carlos Williams)

2011/02/18

備えよ、備えよ(Provite,Provide)

バケツとボロ切れで、いま階段を洗っていった
あの鬼婆(目も当てられぬよぼよぼ婆さん)は、
その昔、うるわしのアビシャグとて、
ハリウッド映画の名花とうたわれた女だ。

まさかとは思うだろうが、似たような
高貴高潔な身分からの転落の例はいくらでもある。

せいぜい若死にをして、ああした末路を避けることだ。

もしも長生きをする定めなら、
豪勢に死のうと決心しよう。

証券取引書を乗っ取るがいい!
必要とあらば、玉座に座るのもまた結構。
まさか皺くちゃの婆ぁとは呼ばれまい。

自分の知識を頼みにしたり、
誠心誠意にすがった者もいる。
同じ手が通用せぬものでもないだろう。

以前はスターだったといっても、
あとの冷や飯の慰めにはならず、
終わりの辛さが消えるわけでもない。

坂を下るには威厳をもって
金で買った友情でも、
まだ無いよりはましだろう。備えよ、備えよ!



       ロバートフロスト(Robert Frost

2011/01/17

最後の詩

それほどぼくはきみのことを夢にみた
それほどぼくは歩き
それほどぼくは話し
それほどぼくはきみの影を愛した
もうきみについては
なんにもぼくにのこっていないくらいに
あとはただぼくが
たくさんの影のなかの影となるばかりだ
影の百倍も影となるばかりだ
この影は立ちかえり
また立ちかえることだろう
日に照らされたみにの生活の中に



      ロベール・デスノス

2011/01/11

死別の翌日

生きのこるものはずうずうしく、
死にゆくものはその清純さを漂わせ
物云いたげな瞳を床にさまよわすだけで、
親を離れ、兄弟を離れ、
最初から独りであったもののように死んでゆく。

さて、今日はよいお天気です。
街の片側は翳(かげ)り、片側は日射しをうけて、あったかい
けざやかにもわびしい秋の午前です。
空は昨日までの雨に拭われて、すがすがしく、
それは海の方まで続いている事が分かります。

その空をみながら、また街の中をみながら、
歩いてゆく私はもはや此の世のことを考えず、
さりとて死んでいったもののことも考えてはいないのです。
みたばかりの死に呆然として、
卑怯にも似た感情を抱いて私は歩いていたことを告白せねばなりません。



     中原中也