
一
燈を消そう。そのうちもうあけがただよ。
水腫のあま皮をはがす剃刀のような
鋭利なあさやけ。
ひらかれた窓からながれている
爽やかな悲愁。
紙幣。このひとときには、それも
うすぼけた紙切れとしか見えない。
窓外の風景は、しらけきって、ねざめぎわの夢のあとを追って
どこかへ逃げてゆこうとさまよう。
僕も、僕のつれあるいている影も、ゆくところがない。
地平線、
そのうえに重なる灰色の屍。
るいるいとしたからだ。
大河の氾濫につづく洪水。
そのうえをわたって
細いマッチ棒のような錐柱。
ならぶ百本の煙突。
遠い海峡の潮の音。
かえらない為にとびたつ
戦闘機。
二
ががぶたや、水かまきりや、頭もしっぽも
ずんぐりしためくら魚どもが
泥沼のなかを横行している。
陰謀と、嘘と、醜さが、こんなにはっきり
みえていることはない。
出発しよう。さあ。
まだ誰も起きてない街をそっと通りぬけて、
敷石のしたからきこえてくる
亡びたジャズの雨音。
うなされている画ビラ。
涙にしめったコンクリと、
汗をかいた銃。
あのながい塀のうちは
屈従、
屈従、
屈従、
どんな恥も
屈従よりはいくらかましだ。
いなずま。
いや、そうじゃないよ。あれは、
誰かが白鶴となって朝空に舞い上がるため
じぶんの頭に、弾をうちこんだのだ。
金子光晴


