道端のノート。

僕の好きな詩を少しづつ載せてみたり、自分の詩を載せてみたり、
唯のくたびれたノートの1ページです。



2011/09/22

昔話

そんなに遠い昔の事では無く
たった百年足らず前のこと
おたばこ盆に髪を結った女の子がいて
なずなやたんぽぽの咲いている田舎道を
新しくできた学校へ
新家(しんや)の兄ちゃんのあとから 子犬のようについていった。
兄ちゃんは女の子の手をひいてくれ
教室ではとなりの席へ座らせた
女の子はちょこなんと腰かけて
兄ちゃんの顔を見、先生の顔を見、
そして兄ちゃんと同じに字も書いた
毎日兄ちゃんについて行ったので
幼いながら入学を認められ
そしておしまいに卒業証書も貰ったのだ

 その時明治はまだ二十年代
 国会も教育勅語もできたばかり
 日清・日露もまだはじまらず

女の子はやがて娘になり 私の母になった
兄ちゃんも 私の父になった
筒井筒と申しましょうか
つまりはやがて結ばれて私が生まれたのです
長くかかって けれどしずかに
蝶が羽化するように私が生まれたのです

 明治はまだ四十年代のこと
 小さな紅いリボンをむすんで
 私は幼稚園へも通ったのです

でもあの春の日の田んぼ道から
長くつづいたその道行きのこと
母は私に秘めてついに語らなかった
年頃の娘に話すにはあまりにたのしすぎたのか
話すことがむつかしすぎたのか
 
 その頃はたのしい事はみな厳禁
 大正といっても内面は封建
 私はそこでぎっちり育てられました

ただ年へて母は孫にだけは話したので
彼が青年になった時、逆に私に伝えたのです
それは長い昭和の戦争もすみ
母もいなくなってからのことです
幼い彼は病身だったので 戦争のあいだ
早くおばあちゃんのいる岡山へ疎開したのでした。
母がおばあちゃん子の彼に昔の思い出を語ったのは
戦後の心のゆるやかさか 母の老いの傾きか
自分をまるで昔話の中の人のように
なずなもたんぽぽも絵本の中のもののように・・・

若い私は決して思いもしなかった
彼らははじめから「親」であり
清潔だがカタブツの「親らしい」しろもの
いまやっとおたばこ盆が見えてきて
長い人間のあたたかい鎖を思うのです

 おのずとみえて来たのは人間のいとしさ
 昭和の戦争すんでやっと今は自由とやら
 人間の顔ようやくみつめだせたのか母も私も

そんなに遠い昔の事ではなく
ただ百年足らず前の小さな小さな小さなお話



               永瀬 清子

※おたばこ盆=幼い女の子の髪型。まわりを下げ中央で丸くまとめて紅い裂れをかける。